「あぅっ・・」
アイスクリームを口に入れた途端、左の奥歯に鋭い痛みが走り、亜衣は思わず声を上げ、手を頬にあてた。その痛みはじーんとした嫌な痛みに変わり、なかなか消えてはくれなかった。
中学の入学式の夜、家族で食事に来ていた亜衣は、昨日の入寮前健康診断で指摘された、「緊急に治療が必要」な虫歯のことを思い浮かべていた。

亜衣は小4のときに、父親の単身赴任先に遊びに行ったときに歯が痛くなって、父親の会社のそばの歯医者に連れて行かれたのだが、この治療がものすごく痛かったので、もう歯医者さんなんて行きたくない、と思ったのであった。家に帰ってから、しばらく頑張っていたのだが、2ヵ月後、別の歯が痛くて我慢できなくなり、今度は父親の友達の歯医者に連れて行かれた。ここでの治療はそれほど辛くもなかったのだが、なんとなく、進んでは行きたくない場所だ。
そんなわけで、小4のときの治療・・・右上6番クラウン、E抜歯、左上4番インレー、E抜歯、6番インレー、左下6番インレー、4番レジン、右下4番レジン、6番インレー・・・以来、またまた亜衣の歯は1年半ほど、手付かずの状態であった。5年生の歯科検診では、生えたばかりの下の7番の虫歯を、6年生の歯科検診ではさらに、キャラメルを食べて銀歯が取れてしまった左下6番と左上4番について叱られたのだが、母親が何も言わないのをいいことに、放置していたのだった。ところが・・・
亜衣の入学する中学は、全員が寮生活を送ることになっていた。もちろん亜衣も寮生活という楽しそうな響きに憧れて、この中学を選んだのだが・・・昨日、入寮説明会の後で、突然、歯科検診が行われ、それらは発見されてしまった。
「寮生活で一番大事なことはなんでしょう。健康ですね。体ももちろんですが、歯も重要です。歯が痛かったりしたら、勉強も集中できませんし、青春も楽しめませんよ。」
寮の舎監を兼ねる、生活指導の教師が言った後、亜衣たち新入生は一列に並ばされ、歯科検診に連れて行かれたのだった。その歯科検診の結果をもとに、治療の予定が組まれ、生徒たちは放課後、あるいは週末、場合によっては朝、自動的に、というよりむしろ強制的に寮の中に設備として作られている歯科診療室で治療を受けることになるのだ。
B組の亜衣たちが入っていくと、A組の担任と生活指導の小沢が話をしていた。
「まあ、中学受験で忙しくて、歯の治療なんて暇がないのでしょうけどね・・」
「診療室はフル稼働ですよ、優先順位付けが大変だわ。」
「夏休み明けに治療を回す子も出るかもしれませんね。」
なるべくなら後回しにしてもらいたいな・・・虫歯があることは確実な亜衣はひそかに思っていた。
「はい、奥田亜衣さんどうぞ」
出席番号の早い亜衣の番はすぐ回ってきた。
「よろしく御願いします」
歯科医の前に座り、おそるおそる口を開ける。
「あちゃ・・・これはひどいね」
顔は若いが、かなり額の後退した歯科医が声を上げ、亜衣は固くなった。
「えーと、左上から・・7番C1、6番○、5番C2・・4番C2、3番2番斜線・・1番斜線、右行って1番C2、2番C1、3番4番斜線、5番斜線、6番○、7番斜線・・右下行って7番C2、6番○、5番斜線、4番・・C1、3番から左下4番まで斜線、5番C2、6番C3、7番C2、以上です」
前歯も虫歯になってる・・・亜衣は、姉の変色した前歯を思い出し、ユウウツになった。その後、姉の前歯はなぜか綺麗な白い歯に戻ったのだが、裏側が全部銀歯で、亜衣はいつもそれを下から見ては怖い、と思っていたのだった。
「虫歯も多いし・・銀歯の取れたのも放ってあるでしょ・・だめだぞホントに。今のところ、この子が最優先かな、さっそく来週から始めましょう、明後日でもいいけど。とにかく、緊急に治療が必要、のところに丸付けておいて。」
明後日!
明日が入学式で、明後日の金曜日は入寮式だけだと思っていたのに。後ろでざわめくクラスメイトと、小沢の厳しい視線から逃れるように、亜衣はその部屋を後にした。

金曜日。いよいよ入寮の日。亜衣にとっては記念すべき日だが、同時に、歯の治療が始まるかもしれない日でもあった。昨晩の食事で染みた左下の奥歯は、激しくはなかったが、あれからずっとじーん痛み続けていた。
「いってきまーす」
朝、自宅を出て、亜衣は学校の敷地内にある寮に向かった。部屋は二人部屋だった。同室は、C組の山野久美子だ。
「よろしくね」
「こちらこそよろしくね」
少し緊張しながら挨拶し、荷物を整理すると、入寮式の時間だ。久美子と連れ立って、会場の食堂に向かう。するとすぐ横に、「歯科診療室」と書いた部屋があった。亜衣は一瞬ドキリとしたが、そのまま食堂に入った。
入寮式は、校長先生の挨拶と、舎監の小沢からのお説教に似た挨拶があっただけの簡単なものだった。
「以上で終わりです。今日は解散とします。御自宅に戻って御家族と週末を楽しまれても、寮生活になれるために残ってもかまいません。日曜日の夕方5時には戻って、夕食を取ってください。これから名前を呼ぶ4人の人はちょっとこちらへ来て下さい。では、解散。」
嫌な予感がしたが、やはり亜衣は名前を呼ばれた。久美子も呼ばれている。名前を呼ばれた4人は、顔を見合わせながら、小沢のところへ集まった。その他の生徒は、なんとなく呼ばれた4人を気にしつつも、連れ立って食堂を出て行った。
「皆さん、なぜ呼ばれたかおわかりでしょうけど」
小沢が切り出した。
「貴方達は、緊急に治療が必要な虫歯がある、と診断された人たちです。通常治療は、2週間後くらいから始めるのですけれど、あなた達の歯を診て、放っておけないと言うことで、歯科の恩田先生が今日から特別に始めてくださるそうです。最初はC組山野さん。1時からC組小林さん。2時半からB組斉藤さん。4時からB組奥田さんです。」
4人は、不安そうな顔で顔を見合わせる。
「それから、治療がどのくらいの期間かかるかわかりませんが・・とりあえずあなた達には優先枠ということで、3日おきに治療に通ってもらえるようにしてあります。治療が終わっても、3ヶ月に1回、卒業まで検診を受けるように手配しますから。このおかげで、ものすごく綺麗な歯を保っている卒業生の人も多いんですよ。」
新しく始まる中学生活の予定に組み込まれた、3日おきの歯の治療・・皆、一様に暗い表情になり、うつむいてしまった。
「では、山野さん、隣に歯科診療室がありますから連れて行きますね。他の人は、10分前に私が部屋に迎えに行きますから。10分前には待機していてください。」
久美子が、小沢に背中を抱かれるようにして歯科診療室に入って行き、あとの3人は部屋に戻っていった。小林真由美と斉藤美鈴は同じ部屋のようだった。
部屋に戻った亜衣は、いったい4時までどうしよう、と思いながら、ベッドに寝転がった。まだ11時だ。久美子が戻ってきたらお昼を食べよう、どんな治療されてるんだろう、と思っているうちに、このところの微妙な歯痛で寝不足気味の亜衣は眠ってしまったらしい。ドアを開ける音で目が覚めた。
「奥田さん、時間ですよ」
「えっ!?」
時計を見ると、3時50分だ。
「あの・・山野さんは?」
「もうとっくに今日の治療を終わって御自宅に帰りましたよ。痛いって泣きながら・・あなた、ずっと寝ていたの?とにかく時間ですよ」
「あ、いえ、その」
慌てて飛び起き、髪を手ぐしで整え、小沢の後に続いた。心構えができてない・・・

どうやら、4人の部屋は歯科診療室に近いところに決めてあるようだ。部屋の前の階段を下りるとすぐに食堂、そのすぐ右に歯科診療室。
「失礼します」
入ってすぐのスペースは、よくある医院の待合室のように、黒い革張りのソファが置いてあり・・・その奥が診察室だった。寮の古さからは想像もつかない、新しくて明るい部屋だ。
「どうぞ」
看護婦さんが二人もいる・・・治療台に座りながら、亜衣は驚いた。正確には、衛生士と、歯科助手役をする養護教諭であった。
「あの、よろしく・・お願いします」
亜衣が言うと、額の広い歯科医・・恩田が、カルテを見ながら頷いた。
「はい、えっと・・奥田さんね、治療しなくちゃいけない虫歯が10本もあるから、頑張ろうね。」
「はい・・」
「とりあえず始めに・・あーん・・この左下、かなりひどいからここから治療しよう。」
助手の女性が手鏡を渡し、恩田がミラーの柄で左下6番を指し示す。そこはぼっかりと茶色い穴が開いてしまっていた。
「これ、銀歯が取れちゃったんでしょう?ダメだよ、放っておいちゃ。ここから虫歯が他の歯に広がるからね、ほら、ここも、ここも。」
たしかに、その前後の歯も黒い穴が開いていたり、歯が茶色く溶けたりしている。
「では始めますねー」
治療台が倒された。ライトが口元を照らす。ああ、中学生活最初の思い出がこれか・・・亜衣は情けない気持ちで、頭の上のライトを見つめていた。
「まず麻酔します、はい、あーん」
目をつぶり、口を軽く開けると、恩田の、手袋をはめた指が頬の内側にするりと入り込んできた。
「ちょっとこのあたりちくっとしますよ」
指先でトントン、と軽く歯茎を撫でられ、妙な感触に亜衣はドキッとした。直後、チクリ、という針の感触と・・注入される麻酔の圧力の痛み・・
「ん・・んん」
「はい、次内側から・・」
またも歯茎を触られ、亜衣はゾクゾクした。チクリ。じわー・・・
「ふ・・ん、もうクラウンにしたことはあるのか、じゃあ治療の流れはだいたいわかるかな?この、右上と同じような治療をすることになるんだけど。」
麻酔のあと、ミラーで口の中をあちこち見ていた恩田が言った。右上・・・たしか、ものすごく痛い治療をされたとこだ!
「中学に入るときにもうクラウンがあるなんて」
菅野、という名札をつけた養護教諭が、呆れたように言った。
「さ・・麻酔は効いたかな」
恩田が、亜衣の口を開けさせ、ミラーの柄で左下6番をコツコツ、と叩いた。
「痛い?」
亜衣は頭を振った。
「じゃ、始めましょう。」
恩田が手に持つタービンが亜衣の歯に近付いてきた。左側からは衛生士がバキュームとシリンジを亜衣の口の中に突っ込む。
準備が完了し、タービンが音を立て始めた。
ヒュィィイイイイイイイ・・・・キュィィイイ、キュィイイイ・・・
甲高い音を立てて、タービンが亜衣の歯を削っていく。もっとも、形が残っている部分も、すでに虫歯に侵されていてもろくなっているため、抵抗なく崩れ去っていく。
あ、大丈夫かも・・・
久しぶりの治療に少し緊張していた亜衣だが、軽い振動だけで痛みも感じられないので、少し安心した。
キュィィイイ、キュィイイイ、ヒュゥウウウウウゥゥ・・・
タービンの音はすぐにやんだ。椅子が起こされる。
「一度うがいして下さい」
そう言うと、恩田はタービンの先を選び、付け替えた。亜衣はその様子を横目でちらちら見つつ、
まだ終わりじゃないんだ・・・ま、さすがにちょっと短すぎるか・・どのくらい削ったんだろう・・・やだ!歯がほとんどない!でもまだ削るの!?
舌の先で左下6番のあたりを探ったが、歯の高さはほとんどなくなっているように感じられた。
また治療台に頭を預けると、ふたたび治療台が倒される。
「これからちょっと深く削っていくからね・・もちろん痛いだろうけど、虫歯を作ったのは自分のせいなんだからね。我慢するんだよ。」
えっ・・。
痛かったら言ってください、という言葉を期待していた亜衣は、驚いた。
が、抵抗する間もなく、恩田はタービンを持ち、衛生士はバキュームとシリンジを持ってスタンバイし、さらに菅野が、亜衣の頭側に座り・・両手で亜衣の頭を押さえた。
えっ・・何!?
動揺する亜衣の気持ちをよそに、タービンはさっきよりも甲高い音を立て始め、亜衣の歯に深く食い込んで行った。
チュイィィィイイイイイ、チュイィィィイイイイ、チュイン、チュイン、チュギュゥイイイイイイイイ
ん・・ぁ・・・ぁ・・・い、痛い!
削り始めてすぐ、亜衣は痛みを感じていた。
「んぁ・・あああ・・・ぁあ」
喉の奥から呻き声を上げるが、恩田はお構いなしに、更なる奥へと削りすすめ、衛生士は時々バキュームで歯の欠片と唾液を吸い取り・・菅野は冷静に亜衣の頭を押さえていた。
「ふ・・んあ・・あ・・ぁがぁあああ」
亜衣の声はますます大きくなっていき、足はもぞもぞと痛みに耐えるように動いていたが、頭がしっかり押さえられているせいで、治療からは逃れられなかった。
「こら・・動かない・・・」
「そんなに痛い思いをするのは自分のせいなんですからね!こんなにひどくなるまで放っておくなんてだらしない。」
菅野が頭を押さえながら、叱り付ける。
ああ・・わかってます・・・ごめんなさい・・・痛ィィイッ・・・
亜衣の目からは涙があふれ出た。
「ん・・ふぁあああ・・ぁああがっ!・・ががぁあっ!!」

実は、亜衣の泣き声は、ちょうど夕食の配膳などをするために食堂に集まってきた他の生徒達に聞こえていたのだった。
「え・・あれ、何?」
新入生がざわざわ不安そうにささやきあっていると、
「ああ、治療室で虫歯の治療を受けてる子の声よ。初日から大変ね」
上級生が教える。
「虫歯の・・治療?」
「そう。あなたたちも、入寮前歯科検診で虫歯が見つかってたら、すぐに治療始まるわよ。」
新入生が顔を見合わせる。実のところ、虫歯が見つからなかった生徒はいなかったのだ。歯は丈夫で、虫歯になんてなったことない、と自信を持っていた生徒も、少なくとも2本は虫歯を指摘され、落ち込んでいた。
「今治療を受けてる子は・・たぶん3日に一度、でもその他も、最低でも1週間に一度は治療が入るわね。」
上級生が言うのを、新入生は真剣な表情で聞いている。
「ここでは、歯の治療は何より優先なの。歯が完治するまでは、部活よりも歯の治療よ。」
そう言って笑った上級生の口元は・・上右3番と4番の間から、インレーがキラッと光った。
彼女も入学するまでは、虫歯になったことのない綺麗な歯だったのだが、入寮前歯科検診で、探針で深く傷付けられた何本かの歯に・・学校から支給されている毎晩寝る前の「フッ素入りうがい薬」・・・実は砂糖が入っている・・・による入念なうがいの作用で、2年経った今では奥歯に5本のインレーと、前歯3本にレジン充填という、10年後に再発するであろう時限爆弾をかかえた口腔内になっていた。
ん・・ふぐあぁああああ・・・
治療室からの泣き声はまだ続いていた。

結局、その日の亜衣の治療が終わったのは、それから45分ほど経ったころ・・・他の生徒達が夕食を取りはじめたころであった。
「これから30分は何か食べたり飲んだりしないこと。次の治療は日曜日・・あさっての夕方にしよう。神経を取る治療がまだ途中だから、薬を詰めてあるんだけど、痛みが出るかもしれない。ひどく痛むようなら菅野先生か小沢先生に言うようにね。様子を見て、痛み止めをくれるはずだから。」
恩田は事務的に、しかしどこか薄笑いを浮かべながら言った。
いつの間にか、小沢が現れ、後を続けた。
「お夕飯は、特別にあなたの分を取り分けてありますから、30分経ったら召し上がって。それから・・奥田さんは治療がありますから、この週末はご実家に戻らないで、ここで過ごして下さい。」
「はい・・どうもありがとうございました・・・」
亜衣は、ぐったりした状態で治療台を降り、なんとかお礼を言った。これがいつまで続くのか・・・10本もあるという自分の虫歯を思い、亜衣は絶望的な気分になったのだった。

左手を頬に当てながら歯科治療室を出ると、食堂に居た生徒たちの目がいっせいに亜衣に注がれた。数人が駆け寄ってくる。
「大丈夫?痛かった?」
小学校も同じだった佳枝が心配そうに声をかける。佳枝も4本ほど虫歯を指摘されていて、これから始まる治療に怯えていたのだ。
「痛かったわよね・・すぐにお夕飯食べられるの?」
自分も午後治療を受けた美鈴も心配そうに覗き込む。美鈴は、これまで、ほとんど歯の悩みはなかったのに、受験勉強のときに夜食やジュースをいつも口にしていたせいで大量に虫歯を作ってしまい、入寮時歯科検診では、入学生最高の12本の虫歯が発見されたのだった。
「ん・・あと30分たったら食べていいって・・」
涙声を恥ずかしく思いながら、亜衣は答え、よろよろと階段を登って行った。

自室に戻ると、同室の久美子の姿は見えなかった。どうやら実家に戻ったらしい。ということは、週末は治療ないのかな・・いいなあ・・そう思いながら、亜衣はベッドに倒れこんだ。まだ左側の顎全体がしびれていて、しかし鈍い痛みがある。
1時間近く泣き叫びっぱなしだったので、本当に疲れてしまった。
亜衣はそのまま眠り込んでしまったらしい。
中学校の自分の教室に行ってみると、自分の机がなく・・教室の後ろのほうにある歯科の治療台が自分の席になっており、先生に指名されて教科書を読み上げる時以外は、ずーっと治療を受け続けている・・・という夢を見た。左下の虫歯の治療がなかなか進まず、なぜかキリのようなものを歯に入れられ、ハンマーでドンドン、と叩かれる・・という治療の痛さに飛び上がって目を覚ました。気が付くと、ドアがドンドン、とノックされている。ああ、ハンマーはこの音だったんだ・・と思う。実際、その音が歯と頭にドンドンと響く。
「奥田さん・・お夕飯は?」
小沢の声が聞こえてきた。
亜衣は、起き上がると、重い足を引きずりながらドアを開けた。
「すみません・・眠ってしまいました。でも、お夕飯はちょっと・・歯が痛むので・・」
左頬に手を当てながら答えると、小沢が、意外にも心配そうな声で言った。
「あら・・じゃあ、痛み止めが必要ね。でもね、何か食べてからでないと胃が荒れるからあげられないわ。お昼も召し上がってないでしょう」
「あ・・はい・・・」
仕方なく、小沢の後について食堂へ向かう。食堂では、まだ生徒たちがデザートのアイスを食べているところだった。佳枝や美鈴と同じテーブルに着くと、
「あなたの分ですよ」
と、夕飯が運ばれてきた。メニューは・・イカフライであった。おそるおそる口に運んでみたものの、硬くて噛み切ることができない。
もともと、母親も歯が丈夫でない奥田家では、こんな硬いものは食卓に並ばないのだった。まして、姉の沙紀も前歯を差し歯にしてからは、破損しては大変なので、噛み切る必要があるようなものは出て来ない。
「これはちょっと・・・無理です・・・」
涙目になりながら、ごはんとお味噌汁にだけ少し手をつけて箸を置くと、小沢は大げさにため息をついた。
「・・早く歯をきちんと治して、おいしいものがちゃんと食べられるようにしましょうね」
「はい・・すみません・・」
「じゃあデザートだけでもきちんと食べなさい、何か胃に入れないと」
そう言われても、デザートはアイスクリームである。歯にしみないはずがない。亜衣は泣きながら溶かしたアイスクリームを食べ、ようやく、小沢に痛み止めをもらうことができた。

薬を飲み、ベッドに横になる。
・・寮の初めての夜なのに・・・これからどのくらい続くんだろ・・・
亜衣は、憂鬱な気分で目を閉じ、治療の疲れもあって、すぐに眠りに入った。

土曜日は、ベッドでダラダラと過ごしてしまった。
「寮の探検行かない?」
と、